「怒り」という感情の前にあるものは「期待」だと解り、合点がいった。
大声を出したり、その場を立ち去ったり、無言になったり、睨みつけたり、誰かにあたったり、と対応は人それぞれ。
その「怒り」の前にあるものは、実は「期待」だった。
「期待」するから、裏切られたことに対して腹が立つというメカニズム。
期待するから、腹が立つのだ。
期待しなければ、腹も立たないということ。
世の中から期待がなくなったら、どうなるんだろう。
電車待ちで並んでいたところへ、ルールを破って横入りする人がいれば、「ちゃんと並んで、順番を守ってほしい」という期待を裏切る行動に腹が立つ。
申込み期限が昨日までと断られたのに、文句を言ってごねる人には融通をきかす理不尽さに「公平に対応してほしい」という期待に反する対応に腹が立つ。
そういえば、顧客満足とクレームも同じだ。
期待があるからこそ、その対応が不十分だと感じたときに不満になる。
「怒り」という自分の感情をコントロールしていくことは、自分の心の平穏を保つ上では、とても大事なこと。
「いったい自分は何に対して腹を立てているのか?」に目を向けるということ。
「いったい何を期待していたのか?」と自分の心に向き合うということ。
「怒り」は、悪い感情ではなかった。
その後ろに「期待」があった。