ある勉強会での、ある方の言葉・・・「経験がマウントにならない世界を探求したい」。
この言葉に身体が反応した。
久しぶりの感覚で、思考がじわじわと、あれこれと広がり、繋がっていく。
その方がおっしゃったのは文脈的に、「お互いの経験やバックグラウンドや専門性を尊重しながらも、上下関係をつくらず、フラットに話し合える場をつくりたい」、そのような理解をした。
それはその方の思いとあっているかどうかはわからない。
いろんな解釈があるように思う。
思い浮かんだのは、「経験がマウントにきこえる語り」について自分のこと、誰かのこと、様々なシーンが蘇った。
経験不足を自覚する場での自分の語りはどうだろう。
例えその場が「誰もが意見を言える場であることを大切にしたい」と言ってくれていても、遠慮したり、自分の意見はとるに足りないからと卑屈になっていたりはしていないだろうか。
誰かが豊富な経験を語ることによって、それを聞いたことで「わたしなんて」と自分の価値をディスカウントして自然に話せなくなったり、ごまかしたりしていないだろうか。
人が経験をどのように語るかで、それを聞いた相手が話しにくくなるような場面をたくさん見てきた。語っている本人は往々にしてそれに気づけない。
「経験をマウントにしない」という言葉の背後にある、思慮深さ、謙虚さ、相手へのリスペクト、わが身の姿勢への自戒を込めて、思考と感情が揺れ動いている。
馴染みあるホームのような場ではない勉強会で得られた言葉に感謝。
ずっと自分に問い続けたい言葉をいただいた。
